パットメセニー東京公演

前にパットを見たのはもう5年くらい前だろうか。バークリーのParamount Theatreで、そのときはPMGとしてラリー、リチャードボナといったいつものメンバー。
今回は「オーケストリオン」を引っさげての東京公演。同行メンバーなしの劇団ひとり公演である。
チケットが手に入らず諦めていたところ前日になって会社の友人より「行けなくなった。チケット譲るけどどう?」という夢のようなオファーをいただいた。もちろん行くに決まってる、松井さん感謝です!

錦糸町についてiPhoneのMapで会場名を入れるが、、、ない!何度入れてもない!どうしようと思いチケットを確認したが、何のことはない「トリフォニーホール」を「トリニティホール」と誤入力していただけだった。トリニティって、Matrixの黒サングラスのおばちゃんの名前じゃん。

ステージはほぼアルバムジャケットの再現。
開演前に機材をチェックしにステージ前まで見に行った。大きな絨毯の上に、後方には縦5m-横20mほどのラックが組まれ大きな布で中が見えないように隠されている。向かって右手にはヤマハDisklavier(自動演奏ピアノ、実際にはラックの裏にももう1台あることが後にわかる)、電源/信号ケーブルが複雑に絡まり100以上のアームが取り付けられた巨大なマリンバが左右にひとつずつ。管楽器の音を出す鉄パイプ状のロボットが8本、その左右にBoseのチューブ状のスピーカーが3本ずつ(パット用)。あと、通常よりも2回り位大きなアコギがスタンドに立てかけられ、そこからはコードが4,5本外に出て裏に繋がっている。絶対にこのギターには何か仕掛けがある。ステージフロア上には数十のペダルがそこら中に配置されている。
その後で準備が整って暇そうにしているPAのあんちゃんに話を聞きに行った。
「どう、準備OK?」
「ええ、今日はお客さん達の度肝を抜かれるようなことが起りますよ」
「言っちゃいけないんでしょ?」
「いえ、別にそんなことはないですよ」
とちょっとだけネタバレをしてくれたが、もちろん彼も多くは語らないし、こっちも聞かないでおいた方が楽しみが増すので早々に打ち切り。ただパットが日本に持ち込んできた機材の量は半端じゃなかったそうな。

定刻7時を10分ほど遅れて灯りが落とされ、会場が興奮のるつぼと化すのは間もなくの事。
(この先、曲名は伏せます)
ナイロン弦アコースティックを持ったパットが登場。スポットライトの当たる椅子に腰掛け、優しく弦をつま弾き始める。往年のヒット曲のアコースティックメドレー。
スチール弦に持ち替え2曲目。
3曲目で早くもピカソギター登場。となりの連中がうるさいのなんの「おー、何だあれ?」「どうなってんの?」「弦が何本あるんだよ?」けっ、話は終わってからにしてくれ。
ここでギターをエレキ(イバニーズのセミアコ)に持ち替え、Bluesyなリズムを刻み始める。しばらく弾いているが、実はここからがオーケストリオンの始まり。データ取り込みを終えた32小節がループし始め、その上にソロを乗せていく。後半になると、ひとつだけ外に出ていたハイハットのロボットが動き始めアフタービートを刻む。演奏終了。
ステージ全体が強いライトで照らされて暗幕が一気に取り払われ、5m x 20mのオーケストリオン全体が姿を現す。

すげえ、、
1m x 1mずつくらいに区切られたフレームの中に、バラバラのピースにされたドラムセットやパーカッション、ギター、ベースなどありとあらゆる楽器が独立して組み込まれ、全部にアームが付いている。左右両脇の大きな木のラックの中には水の入ったボトルが何十本も並べられている。それぞれの水の量を変え、空気を吹き込む事で弦楽器に近い音を一本一本が奏でる。
パットのキューでそのすべてに命が吹き込まれ一斉に演奏開始、20分に渡る「組曲:オーケストリオン」。
全部の楽器の1音1音がすべて完全にプリプログラムされていて、その上でいつもの恍惚状態のパットのギターが縦横無尽に飛び回る。
演奏終了。

MC
なぜこんなことを思いついたのか。それは自分が9歳のときに遡る。僕は音楽一家に育ったが、夏休みに爺ちゃんの家に遊びに行き、そこでピアノに出会った。懐中電灯をもって下に潜り込み、弦やアームの形状や取り付け方を隅から隅まで見て回り、ピアノという楽器の構造を理解した。本当に楽しい経験だった。
のちに自分はギターを始め、ジャズギタリストとしてプロの道を歩み始めたが、東京に来たときにヤマハDisklavierに出会った。なぜか東京中のホテルのロビーに置いてあるよね(笑)。
デビューした頃はシンクラヴィアで多重録音をしていた。
その後もずっとアイデアを温めていて、ついに21世紀のテクノロジーが自分の夢を叶えてくれることになった。
全部の楽器にはソレノイドがつけられていて、僕のインストラクションで動く。巨大なシンセサイザーのようなもの。
よく聞かれる質問が2つあるんだよね。
一つ目は「Are you crazy?(爆笑)」。これには答えたくないな
2つ目は「こりゃいったいどうなってるんだ?」
じゃあ、これからこのシステムがどのように構成されているか紹介しよう。

次の曲は即興(improvisation)
組曲:オーケストリオン」を聞いたときには、なんだやっぱりプリプログラムか、そりゃそうだよなーと思っていたが、今度はパットがステージを順に歩き回り始める。マリンバの前でギターを弾くとパットの弾く通りに演奏し始める。ガラス瓶ラックも同様、パーカッションも、ギターの音程にそれぞれが割り付けられていて、パットが順に命を吹き込んで廻る。32小節のループバックをオーバーダブしていくことで最後にはフルバンドの演奏が完成される。
とにかく数百のソレノイドが独立して動いているのに音のずれや遅れがないのには本当に感心する。何かの記事で読んだが、メカ制御やデータ転送などのシステム構築にはMITが協力しているとのこと、うなずける。

アンコールを3曲含め、延べ2時間半のコンサートであったが本当にアッという間に終わってしまった。終わった後はため息しかでない。非常にクオリティの高い演奏であった。コンサートというよりも、イリュージョンと表現した方がいいかもしれない。
言うまでもなくギタープレイヤーとして世界一であるが、上手いギタリストは他にもいる。今回改めて再認識したのは、パットはメロディメーカーとしてその才能が非常に卓越していると言う事。心地よいメロディがいつまでも頭の中でループバックしながら帰途についた。

今も驚くようなスピードで進化が加速しているパット。こんなこと誰にも出来ないだろうし、やろうと思っても真似できない。オリジナリティに溢れたアーティストである。
ジミヘン、オールマン兄、SRVなど、神の領域に入ったギタリストは死ぬ。ヴァンヘイレンも癌と戦っている。自分がここまで生きながらえているのはとりもなおさずギターが下手だからである。
パットにはこれからも心地よい音楽を紡ぎ続けてほしい。